製造できなかったプロペラ形状の実現に挑む! 3Dプリンター×流体力学で切り拓く大型化実現に向けて

創業者との伴走ストーリー /  EIR 中村 健 インタビュー

「創業者との伴走ストーリー:Side by Side Stories」では、みらい創造インベストメンツが支援するスタートアップの創業者たちが、いかにして事業として形にしていくのかを、リアルなエピソードを通じてお届けします。

今回は、3Dプリンターによる革新的なプロペラ開発で、船舶分野の創業を目指すEIR・中村さんにインタビューしました。中村さんは、船舶流体力学の研究者である広島大学大学院 陸田秀実教授、溶接・接合技術の研究者である同大学院 山本元道教授と共に、共同研究を進めています。試作品の製作や実証実験を重ねながら、実用化・商用化に向けて着実に歩みを進める中村さんの挑戦について伺いました。



創業の動機と事業立ち上げのリアル

――現在構想中の事業について教えてください。
はい。現在は、船舶用のプロペラを超高効率なものにする事業を立ち上げようとしています。私はもともと大学で流体力学を専攻しており、その知見を活かして、これまでにないプロペラの開発に挑戦しています。

――プロペラに着目したきっかけは?
ドローンの研究開発をしていた際、「トロイダル形状」と呼ばれる特殊なプロペラに出会ったことがきっかけです。効率は非常に高いのですが、形状が複雑すぎて、従来の製造技術では現実的ではありませんでした。アメリカで研究していた10年ほど前から、「いつか作りたい」と思い続けてきたアイデアです。

――そのアイデアが今、実現に近づいているのですね。
はい。金属3Dプリンターの進化によって、これまで不可能だった形状も製造可能になり、「今なら本当に作れるかもしれない」と感じたことが、事業化を決意したきっかけです。

――地元・広島への想いもあると伺いました。
私は広島出身で、子どもの頃から造船所や海が身近な存在でした。地元の造船業も少しずつ衰退している今、自分の技術を地元の活性化に役立てたいという思いも大きなモチベーションです。

――事業を検討するなかで苦労されたことは?
まだ検証段階ですが、技術的な難しさに加え、「誰が必要としてくれるのか」という市場との接続に悩むことも多いです。それでも「誰もやっていないからこそ、やる意味がある」と信じて進めています。

――この技術が広がることで、どのような未来を描いていますか?
世界の貨物輸送の8割以上が船によって行われており、海運は世界経済を支えるインフラです。私たちのプロペラによって燃費が改善されれば、CO₂排出の削減にも大きく貢献できます。最終的には、海運をサステナブルに変えることが私たちの目指す未来です。

専門性から生まれたシナジーと事業の独自性

――これまでのキャリアとの接点は?
私の専門は流体力学と機械工学で、これまでドローン、飛行機、自動車などの流体解析に携わってきました。その知見は、船舶のプロペラ設計にも直接活かせると感じています。

――トロイダル形状とはどんなプロペラですか?
一般的なプロペラは扇風機のようにブレードが放射状についていますが、トロイダル形状はドーナツ状に折り畳まれた輪のようなブレードを持っています。これにより、推進効率が非常に高くなります。空力・水力的に見てもロスが少なく、エネルギー変換効率を飛躍的に高める可能性があります。

――どれほど効率が変わるのでしょうか?
アメリカの企業が同様のプロペラで実証実験を行い、従来比で平均20%の燃費向上を達成しています。これは非常に大きな成果です。仮に年間10億円の燃料費がかかる船であれば、単純計算で2億円のコスト削減になります。

――すでに海外で実用例がある中で、なぜ自ら事業化を進めようと思ったのですか?
海外の企業は主に切削加工でプロペラを作っています。これは金属を削って形を作る方法ですが、複雑な形状を削り出すにはコストがかかりすぎ、大型化が難しいという限界があります。現実的には直径80cm程度が限界です。

――そこで3Dプリンターの登場ということですね。
はい。私たちは金属3Dプリンターを活用することで、1メートルを超える、将来的には直径10メートルにもなるような超大型のプロペラを製造可能にしようとしています。こうしたサイズのプロペラは切削では実質的に不可能です。

――10メートル級のプロペラとなると、どのような船舶に使用されるのでしょうか?
例えば、全長250メートルの貨物船には直径6メートル前後のプロペラが搭載されますし、400メートル級の超大型タンカーでは12メートルに達する場合もあります。私たちはまず、6〜10メートル級をターゲットにしています。

――小型化も可能なのですか?
はい。高効率な分、小さなプロペラでも同等の推進力が得られるため、エンジンの出力も抑えられ、騒音や振動も軽減できます。交換するだけで恩恵があるのは大きな利点です。

――技術面での試行錯誤も大きかったのでは?
そうですね。プロペラの最初のモデルは自分で設計し、簡易的な解析を行ってまず樹脂で試作しました。その段階で「これは動く」「効率も悪くない」と感触を得られたので、次のステップとして金属での造形にチャレンジしましたが……最初に作ったものは正直、人に見せられるものではありませんでした(笑)。
それでも、そこから得られた知見が本当に多くて、「この角度なら支えなしで造形できる」「このスピードなら安定する」といったノウハウを積み重ねていきました。まさに牛歩戦術のように、少しずつ少しずつ改善を重ねて今に至っています。

オフィスで仕事をするEIR 中村さん



ビジネスを形にした支援とチームの力

――ビジネスプラン化で印象に残っている支援は?
みらい創造インベストメンツの相澤さんの存在が本当に大きかったです。アイデア段階から「こういう構造にするといい」「こう描けば投資家に伝わる」といった助言をたくさんもらい、道筋を整理していただきました。

――エンジニア出身のご自身にとって、その支援は?
私はどうしても開発寄りの思考に偏りがちです。経営的視点や出口戦略まで考えた上でのサポートは本当にありがたいです。

――相澤さんのアドバイスとして印象に残っていることは?
ビジネスプランの他に組織や人に対してのアドバイスになりますが、「立場が人をつくる」という助言をもらいました。役職を与えると、その人が変わってしまうこともある。だからこそ、人を採用するときはスキルだけでなく、人間性も大事にしないといけないと学びました。

――人材確保にも苦労されたそうですね。
創業前に優秀な方を口説くのは本当に難しかったです。でも、コンサル業務などを通じて信頼関係を築いた人や、論文から気になる研究者を見つけて広島大学の先生に直接連絡したりして、少しずつ仲間を増やしていきました。

――今のチームの雰囲気は?
とても良好です。過去にパワハラや人間関係で苦労した経験があるので、「嫌な人は入れない」というポリシーでチームを構築しました。おかげで思いやりあるメンバーが揃っています。LinkedInなどを通じて、相澤さんが紹介してくださった方々も非常に優秀で、採用面でも大きな支援をいただいています。

EIR中村さん(左)とみらい創造インベストメンツ 相澤さん(右)

成長のステップと目指す未来

――事業がもたらす社会的インパクトは?
今まで不可能だった形状の実現により、エンジニアが「夢」として抱いていたアイデアを形にする道をつくりたいです。トロイダルプロペラが、その呼び水になれば嬉しいですね。従来の製造方法で諦めざるを得なかった発想が、技術の進化によって現実になる。その可能性を少しでも拓いて、エンジニアやアイデアがある人に勇気を与えられたらと思います。

――今後数年の展開について教えてください。
小型船向けプロペラから実証を始め、徐々に大型化していく計画です。日本海事協会の認証も段階的に取得し、最終的には2031年頃までに直径6メートル以上のプロペラ製造を目指しています。その過程では、試験航行や安全基準の整備、協業パートナーとの実証など、多くの実務も伴います。

――船舶以外の展開も?
はい。我々の強みである流体解析と金属3Dプリンター技術は、風力や水力発電のタービンなどにも応用可能です。たとえば、風車ブレードや水車の羽根なども形状最適化によって効率が大きく変わります。将来的には、こうした分野にも挑戦したいと考えています。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
まだ創業前の段階で、資金も人も足りていませんが、志を共にする仲間と少しずつ進めています。船舶業界は大きな構造転換が求められており、1社だけで成し遂げられる規模ではありません。テストできる船や場所の提供も大歓迎です。研究機関や企業の皆さまとも、共同プロジェクトや実証を通じてつながっていけたらと思っています。